2011年12月1日(木曜日)

フクシマという名称について

3.11の東日本大震災以後に成立したフレーズとして「がんばろう日本」などのキャッチが氾濫し押し付けられたが、日本のみならず世界的にインパクトを与えたものとしてはフクシマ(fukushima)が挙げられるだろう。なんといっても原発事故としてはチェルノ7ブイリ原発事故と同じレベル7の規模の災害ゆえに、注目度としてはなんといってもフクシマという地名であり、その地域から名づけられたフクシマゲンパツという名詞が何度も登場したからである。

「がんばろう日本」などの内向き、上向きのフレーズに比較すれば「フクシマ」という名称からは原発事故の重大さと、その影響が与える射程の広さ、シビアさが比較にならないほど大きいわけで、それゆえ今年度の流行語大賞などには到底選定されないであろう。それはとりもなおさず原発事故が終息していない状況ともあいまって、その言葉に象徴されるのは事故と事故後(それは廃炉となる予定の廃墟としての原発であり、核のゴミの置き場となる可能性のある底なしの不安感である)のブラックホールのような暗黒の空間であり、名状しがたい空虚な状態の宙刷りされている状況を示しているのだと思う。


2011年8月12日(金曜日)

雑誌『ぴあ』の休刊とWAVE倒産

なんか似たような話を書いてきたので書くのに躊躇したが、やはり書いておきたいという出自というか個人史があり、書きます。

情報誌「ぴあ」が廃刊になった。東京(というか正確には首都圏だが…)に出てきたときに目に付いたのが映画の情報誌「ぴあ」であり、「ぴあ」を頼りにあちこち都内を映画を観るためにさ迷った時期があった。また変わったライブハウスやご贔屓バンドのスケジュールをチェックしたり、珍しい映画や自主上映などを探したものだ。まさに青春時代というのが当てはまる。

こちとらは田舎では観ることのできないマイナーな映画や自主上映などのイベント、演劇などの情報が満載で驚いたものだ。
要するに東京はすべてがハレの日であったのだ。

かなり昔の話ではあるが、当時は垢抜けない表紙のタウン誌で、及川正通の似顔絵イラスト前の話で、そのときは本当に手作り感があり、若者たちのコミュニティをつくる役割を果たしていたと思う。

当時言われていたことは、情報をフラットに並べて、有名な俳優が出演する芝居もマイナーな自主劇団も等価な情報として提出されている、ということが重要であるということだった。しかしほどなく、資本の論理というか市場のメカニズムというかやはり情報についてのメリハリはついてくるようになった。それ自体は否定されるべきものではないが、徐々にマイナーなイベントなり催しは掲載を排除する方向へいったと思う。当初あったミニコミ的雰囲気や内輪的な編集部が内容が気に入ったものを一押しするような、ややアナーキー傾向があったのだが、やはり資本の論理へと流されていった。

当時「シティロード」という情報誌もあり(これは早期に廃刊)、これは独自の視点で映画・音楽・演劇などのユースカルチャーやマイナーなイベントを紹介していた。当初は「シティロード」のほうが、それなりに雑誌として体裁はよかった。どちらがいいとか優劣をつけるつもりはないが、個人的には「ぴあ」→「シティロード」というかたちで乗り換えたが、これとて映画、音楽などの情報をてっとり早く知りたいがための選択でしかなかったのである。また「ぴあ」が隔週になったが「シティロード」が月刊として維持していたことも大きいと思う。

今ネット時代といわれて情報がすばやく手に入る環境になったが、かつての「ぴあ」や「シティロード」などの情報誌がもっていた機能がネットで再現されているとは到底いえないだろう。サブカルチャーの情報をマイナーからメジャーまで一覧で網羅しているものはないし、事実そのようなサイトはない。たとえば、ちょっと目新しいものに出会うためには映画や演劇・音楽の情報サイトを巡回して探していくしかないのである。それでも無名な人々がつくっているものに触れることは難しいだろう。

思えば、かつての情報誌は<自主上映>なり<自主公演>の、インディペンデントな動きの同伴者というか、支援者であった。それは情報誌の制作者たちが読者とおなじような意識で文化に向かい、また価値を共有していたからである。そのあたりは他のマガジンというか雑誌であっても共通しているのだと思うが、雑誌というメディアを通じたコミューンの視座がゆるくて軽いのである。ようは誰でも参加できる車座としてこれらの情報詩は機能したのだと思う。

書いている最中に「WAVE」倒産のニュースが入ってきた。これも時代なんだろうが、渋谷のHMVが店舗を閉鎖したり。CDそのものが売れないのに影響されてリアルのショップも厳しい状況にある。「WAVE」はショップであり雑誌の「ぴあ」とは関係ないが、これも時代の象徴的なものであり、サブカルチュアの状況を表すひとつだと思う。

CDショップの「WAVE」は当初は六本木にビルを構え、地下には映画館を構えていてトータルな文化発信基地の雰囲気があった。開設は90年代だが80年代のバブルの余韻をクールなイメージで引き継いだような感じだろうか。これはブランドイメージとして成功したのだと思う。先進的な文化の場として「WAVE」があったのだ。あそこに行けば何かあるんじゃないか、そんな感じで目利きの文化産業に携わる人たちが集っていたのだ。

そのようなイメージ戦略はまだ具体的なモノとしてこだわっている段階ではよかった。またそれが許される領域が残されていたのである。しかしデジタル化とネットという社会や環境の変容により容赦なく市場は変転していく。従来の産業が変化に対応できなくなっていく。今では個人の端末に、求めているアーティストの楽曲が検索されてダイレクトに届く時代となってしまった。

しかし「WAVE」のような店という場所が持つ、たまり場的要素、リアルショップが持つテクスチャーの肌触りというものは捨てがたい。たとえばLPレコードの郷愁かもしれないCDの紙ジャケットというパッケージの形態に見られるものは、物質の欲求というかモノへのフェティシズムであり、具体的で身体に結びつくものなのだ。また店に寄ることによってさまざまな分野の音楽を偶然にも耳にすることもある。これは多様な音楽を享受して、さらに文化的に豊かにする窓口ともなっていたはずである。

ようはネット社会になり個人が個別単位で処理される機会が増えたのだが、これは他者と交わらず。社会のなかで相互に具体的に交流し交渉することがなくなっていくことである。もちろんネットのなかでもそれは可能ではあるが、実は接触のないバーチャルな社会なのだ。しかもネット時代にはすべてが不確定なものとして表出してある意味ですべてがノイズともなりうる。いわば価値形成が喪失しているのだ。

従来のリアルメディアやショップについての郷愁があり、それが過大評価につながっているのかもしれない。

しかしそれらの情報発信や流行装置としての機能はおおきなものがあり、まさに文化の価値を形成していたのである。雑誌を読んだり、専門店に入って棚を眺めたりすることは具体的な刺激として、多様な文化が発展する糸口だったと思う。

ネットの時代はジャーナリストの佐々木俊尚氏がいうところの「キュレーション」(ある視点のもとで「情報を収集、分類し、共有する」こと。)というものがその役割を果たすのだろうが、そうなるには、今しばらく時間がかかりそうである。


2011年3月19日(土曜日)

ブログはツイッターなどに置き換わるのか

カテゴリー: - lef @ 22時41分59秒

ツイッターをはじめて一年くらいだろうか。はじめは何が面白いのかよくわからなかったが、文字数が制限(140字まで)されていることによる諦観もあり、適当に感じたことや思ったこと、情報などを発信して、なんとなく更新して毎日チェックしフォローはしている。さほど構えなくても手軽につぶやくことができるのがいいなと思う。それゆえついついどうでもいいことをブログ以上に発信してしまったりする。それが更新のしやすさにつながっているのだろう。またユーザー同士のリツィート、タグの利用、フォローやフォロワー探しなど、共有して拡散する機能がブログのTB、リンク以上に使いやすくつながる仕組みができているようだ。

実はずっとフォローしてきた人のブログがあるのだが、その人がツイッターをはじめるようになってから、徐々に更新が鈍り月イチ程度の更新に落ちてしまっている。やはりブログのばあいある程度文章のかたちがないと落ち着かない、と考えているからだろう。分量のもんだいもあるだろうが、ブログとツイッターは別々のものなので、両方やるとひとりの人間が担当すれば、どちらかに時間が割かれるわけで、当然熱中するほうに多くの時間を費やすことになる。ツイッターのばあいはリアルタイムで反応があったり、やりとりがあるので、むしろそれに対応するために束縛される傾向もあるだろう。

ソーシャルメディアとしてのツイッターやフェースブックは情報共有の道具として、イランの反政府活動や、その後チュニジア革命、エジプト革命においておおきな役割をはたした、と伝えられる。イランや中東におけるソーシャルメディアの効果や役割は政府系のメディアしか存在しないといわれている社会で、オルターナティブメディアとしてまさに最大限の機能を示したのかもしれない。ビラや新聞などに書くよりも速く情報が伝達されてそれが増幅されていけば、それはまさに口コミのデジタル化であり、フラットなメディアのあり方だったのだろう。

ブログのばあいは読んで、いろいろ考えたり後からなにか役立てようか、と思ったりするが、ツイッターのばあいは読んですぐに対応しなければならないと思わせるところがある。というのも字数が制限されているので、情報のありかを示すだけだったり、ブログのURLを貼り付けて感想を述べたりするだけのものだったりするからだ。

まあ、今ブログをやっている人でもツイッターのような字数の人もいるので、情報量だけの問題ではないのだが、情報をやりとりする手間がメールとブログの中間のような存在なので、どんどん情報が更新されていくツイッターがいいとこ取りのように見えなくもない。

ツイッターには長文の文章が掲載できないため情報の拡散や共有の機能がより際立っている。その意味で従来のブログやウェブにとって代わることはないだろう。しかし、情報のやりとりが軽快なぶん、ブログをやっている人やこれからブログをやろうと思う人の何割かは(半分以上かも)ツイッターやフェースブックに流れるかもしれない。

それにしてもなぜツイッターだけがひとり勝になったのだろうか。
手探りでツイッターをやりながら他社でも似たようなサービスがあることを知ったが、にも関わらず独占状態になったというのはネットでの先行者による利益がしばしば独占されるが、それだけでもなさそうだ?

参考記事↓
http://jp.techcrunch.com/archives/20090704short-is-sweet-postcards-begat-sms-begat-twitter/


2011年1月10日(月曜日)

『グーグル秘録』

カテゴリー: - lef @ 15時52分07秒

ケン・オーレッタの『グーグル秘録』(文芸春秋 2010年)を読んだ。印象としてはこの本になかにも触れられていると思うが、魔法使いの弟子がみずからの呪文によって生み出したものによって振り回されてしまう、という感がある。要するに「便利だ、合理的だ、やってしまえ!」その結果として問題がおきる可能性が予測できるにもかかわらず、忖度せずともかく技術開発を実現し実行してしまうのである。ある意味で科学技術者にありがちな性質ではあるが、いっさいの行為を合理性や法則に基づいて判断してしまうのは怖いところもある。ともかくグーグル社員を中心として150回におよぶ取材をしたという。圧巻である。この本のすごいのは注に取材対象者の名前や年月日が入っていることだ。録音テープもきっちり残しているらしい。これでは後で文句をいう取材対象者もいないだろう。また、出版前に原稿に目を通した社員もいないということで、グーグルにとって好ましくない事も含まれている。ユーザーにとって、どのような検索システムが効率的で好ましいかを追求した結果が、他のネット企業を圧倒し、既存の業界やメディアを掘りくずていくことになったことが描かれている。単なる成功物語ではない。ただ、読ませるのだが意外と既知のことが多く、新しい発見や驚きはなかった。情報が瞬時に飛び交う時代に、このように成長が速く変化の激しい事例を書くことの困難さというものを感じてしまった。


2010年6月30日(水曜日)

紙媒体から電子端末へ

カテゴリー: - lef @ 14時26分46秒

アップルのiPadが日本でも発売されて、あらためてメディアの地殻変動が感じられるようになった。といっても明確に書籍が電子書籍にとって変わられた、という状況がでているわけではない。ただ、昨今のメディア産業における新聞・雑誌の不振とネットにおけるあらたな動き(クラウド化、ネットブック、スマートフォンの普及、ツイッター、フリーミアムの進展など)をみていると、紙媒体の収縮とデジタルネットワークの拡張がいよいよ露骨になってきたな、と思うのだ。

といはいっても、スマートフォンもiPadも使っていなんでえらそうなことはいえないが、いかに魅力的なコンテンツを提供できるかが電子書籍や雑誌が普及する鍵となる、ということはIT識者たちが前々から指摘していたことである。

これまで日本の出版社は既得権益を守ろうと、電子端末に対して協力的ではなかった。電子媒体が普及することはかならずしも出版社の利益を損なうものではない筈なのだが、足どりが重く一般の書籍のような品揃えをしてこなかった。

というようなことを書いてから半年…。継続して書こうと思ったら、いろいろ忙しくなって放置してしまった。しかし、その後の推移を見ているとスムーズに紙から電子媒体へと移行するような状況ではないようだ。当初も様子見だなと予想はしていたのだが、やはりその見立てを変更するようなことは起きていない。

いくら電子端末が各メーカーから発売されたとしても、肝心のソフトが市場にないことには電子出版元年もかけ声倒れとなるだろう。アマゾンの電子書籍端末であるキンドルもいつ日本語版がでるか判然としない。電子書籍が揃わないと売れないので当面は発売されないだろう、との見方もある。

出版不況で出版社は書店や取次ぎに対して配慮しなければならない、というのは分かるのだが、版元が電子出版を盛り上げていこうという気配はみえない。

自分で書籍を断裁してスキャンして本を電子化することを「自炊」と表現しているらしい。このサービス(断裁のみを請け負う会社も含め)をおこなうところは10社くらいあるらしい。これも電子版の本があまりに少ないためのセルフ電子出版と見る向きがある。

歌田明弘氏は『電子書籍の時代は本当に来るのか』(ちくま新書 2010年)を書いて、マスコミが伝える電子書籍元年にそうとう懐疑的だ。結局のところ電子書籍が普及することによってこれまでの業界や旧体制が崩壊する可能性があるからだ。電子書籍が売れると紙媒体が売れなくなり、さらに価格についても破壊されるおそれがある。どのように紙から電子への軟着陸が可能なのか、すべての人が円満に存立できる可能性があるのかどうか、これは確かに難問なのだ。


2010年5月5日(水曜日)

社会をささえる方法は何か? ベーシックインカムめぐって

カテゴリー: - lef @ 21時02分32秒

 雑誌「エコノミスト」(5月4・11日号)の最新号にホリエモンと派遣村で有名になった湯浅誠氏の対談が掲載されていた。

 この二人は、確かホリエモンこと堀江貴文が逮捕される前にテレビの格差問題などのテレビ討論会などで顔をあわせていたと思った。朝ナマか、NHKだったか忘れたが、そのとき直接対立しているような感じじゃなかったと。

 堀江がベーシックインカム(国民所得保障)を主張しているのは、ちょうど田中康夫の新党日本が選挙のときにマニフェストに掲げていたときと重なる。というのは、そのときにベーシックインカムの議論がおおきくなっていたからだ。

 堀江の議論というのは一種のアナルコ・キャピタリズムで、リバタリアンの主張として納得できないが理解できる。彼が、派遣村のような事業は対症療法だというのも、そのとおりで根本的な解決にはつながらないのも事実だろう。

 そもそも新自由主義的な規制緩和や自由の追求というものが、彼の志向する経済活動や事業展開のために要求されるという関係のような気がする。人間社会や生活の形成のために存在するわけではない、という感じだ。

 現実におきていることは資本主義として共通している症状というか事例であって、後期資本主義というか、産業資本の生産システムの限界があり、物余りの時代というかそんなに物をつくらなくてもいい(少なくとも日本国内としては)状況なわけで、それにどう対処するのか、という問題設定なんだろうと思う。

 人と物もそれほど必要とされない、すべてが過剰な状況にあって対応する社会システムがいまだ未整備なのが日本の社会なのだろう。その意味で堀江が言っていることも正当な部分があるのだが、だからといってそれを実行できる状況にはない。

 ベーシックインカムについていえば、柄谷行人がベーシックインカムにより、国家の強化が要請されるのでは、という問いについて、総資本からいえば、それは歓迎される、労働力生産の費用を国家が支出してくれるから、と答えていた。
 
 かんがえてみれば、資本主義というものは国家のサポートがなければ成長していかない、というか不都合なことが起きる。日本国も明治期に盛んに産業や企業を支えて創出していったのだから。

 堀江がそのような時代は過ぎて、今はそれが無効化しているのだということ。それは確かにそうなので、無理に公共事業などを増やして、道路やダムをつくって金を流している。それはよりは金を配って好きなことさせたり、むしろ自由にしたほうがいいんだ、という発想なのだろうが、いっぽうで自由にしたことによる反動で社会がまさに弱肉強食的なホッブズ的状況になることの不安が、東京地検を告発させたのではなかったか。

 すべての社会保障がお金で解決できるかどうかといえば、これは疑問がある。そもそも社会保障や福祉サービスというものが経済原則や市場経済から逸脱・不採算の傾向があるものゆえ、貨幣を配っても解決できるのは、より貨幣を所有している富裕層の部分でしかないだろう。
 
 「エコノミスト」(5月4・11日号)
 http://mainichi.jp/enta/book/economist/

◇【徹底闘論】湯浅誠vs堀江貴文「仕事、貧困、教育、この国のかたち」

・「全国民に一律7万円配って、政府なんか解体すればいい」(堀江)

・「7万円で暮らせるはずがない。個別の社会保障が必要だ」(湯浅)


2010年4月30日(金曜日)

マンガという表現がひろがっている

カテゴリー: - lef @ 17時39分26秒

『マンガは越境する!』(大城 房美/一木 順/本浜 秀彦 編 世界思想社 2010年)を読んでいたら、興味深い記述に出会った。
世界思想社

欧米が日本のマンガを受容していったのだが、そこで問題になるのは
造本と絵のスタイルが右から左へ移動していく読み方だ。

そのあたりを再構成して左から右のスタイル(左開き)で発売していたのだが、
最近は日本のように右開きのスタイルの雑誌がでてきているという。

韓国でも日本のマンガを翻訳するときに再構成していたが、最近は雰囲気を生かすためにそのまま右開きで出す本が増えているという(101ページ)。

また、カナダ人が日本のマンガスタイルで書いた作品『ドラマコン』もそのスタイルを踏襲しているらしい(46ぺージ)。

ドラマコン

ReadMe!Girls!の日記・雑記
ドラマコンにみるアメリカマンガ事情<コンベンション編>

ほかにも地方マンガ、とりわけ沖縄マンガの紹介などがおもしろい。
沖縄には『コミックおきなわ』『コミックチャンプルー』などの独自のマンガ雑誌があって独自の視点で作品を掲載しているという。

webマンガ コミックチャンプルー

http://comichan.com/
コミックチャンプルー


2010年3月25日(木曜日)

ネットはマスメディアと同じか! ―ネット発信で不当な名誉毀損判決

カテゴリー: - lef @ 18時58分35秒

 3月15日にグロービートジャパン社というラーメンチェーン事業を展開する会社が訴えていた名誉毀損裁判の最高裁判決がでた。
 判決は告訴側の訴えを認め被告に罰金を命じる判決となった。

http://www.j-cast.com/2010/03/17062456.html

自分のホームページでラーメン店運営会社を「カルト集団」などと中傷したとして、東京都大田区の会社員橋爪研吾被告(38)が名誉棄損罪に問われていた件で、最高裁第1小法廷は被告の上告を棄却する決定を2010年3月15日付で下した。2審で名誉棄損罪にあたるとし罰金30万円を言い渡されていた。1審では無罪だった。最高裁は、個人がネット上で表現したものであっても受け取る側が信じる場合があり、ネットで他人の評価を低下させる情報を出す場合、新聞報道などと同様に確実な根拠が必要だ、という判断を示した。

 しかし上の文章は気になる。訴えていた企業はラーメン店運営会社として名称をあかしていないが被告に関しては堂々と名前を挙げている。判決が確定したからか?

 いわゆるネット上の文章で一般個人に対して企業が名誉毀損であると訴えて有罪が確定したのだが、最高裁が判断を示したのは初めてだ、として新聞各紙でとりあげている。

しかし

「ネットの情報は不特定多数が瞬時に閲覧可能で、時として深刻な被害がある。それ以外の表現手段と区別して考える根拠はない」と判断。

http://mainichi.jp/select/jiken/news/20100317ddm041040147000c.html

 時として深刻な被害がある、と語っているが、それの例証を挙げてはいない。具体的にネットによる被害でどんなことがおきたのか示されてはいない。

 新聞はこの裁判の事実を伝えてはいるが、このラーメンチェーン店の行為や実態を検証している記事は見当たらない。

 産経新聞は「主張」で「ネット中傷 責任とモラルを忘れるな」と個人と企業の違いを無視して、一般の名誉毀損と同様のことに解消している。ここで法務省の人権侵害事件をもちだすのは的外れもはなはだしい。

http://sankei.jp.msn.com/economy/it/100318/its1003180250000-n1.htm
 

法務省の調べでは、平成20年のネット利用による人権侵害事件は前年比で23%増加した。こうした現実を踏まえても、最高裁判断は当然といえる。

 産経新聞といえば「『普天間』の現場・辺野古ルポ」(09年11月12日)で<米軍が守った「環境」>などと米軍を持ち上げて、米軍が水陸両用車でサンゴが死滅した事実は語らない。
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-136523-storytopic-1.html
 サンゴ損傷、米軍訓練か 名護市辺野古沖
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-7393-storytopic-1.html
 米軍の水陸両用車は6月9日に辺野古沖で移動中の1台が沈没、サンゴを破壊し、油が流出する事故を起こした。
 
 また、「移設に反対している人の大半は、県外の人」と平気で書いているが、米軍基地の移設問題を最大の争点とした同県名護市長選で移設反対を掲げた新人が当選したことについて、頬かむりするつもりだろうか?

 このように事実を自分たちの主張に都合のいいようにしか報道しない新聞社が「責任とモラルを忘れるな」とご神託を垂れても説得力はない。

 また、この裁判を「ネット中傷」として市民の批判力として見られない(ネットの力を恐れている)新聞の主張についても事態を正確に見ないもので、既存の報道の枠組みを擁護したいとの旧態依然たる立場からのもので、事態の真相や背後にある問題を突いたものは皆無である。

ネット中傷 マナーの教育が大事だ(信濃毎日新聞)
社説:ネット中傷有罪 「無責任さ」への警鐘だ(毎日新聞)

ネット書き込み はびこる中傷への警告(中日新聞)

名誉棄損事件 ネットの情報も責任は重い(3月18日付・読売社説)

 この問題は個人のネット利用での表現の問題であり、結果として判決は表現を規制する方向へと舵を切ったといえるだろう。
 
 雑誌「サイゾー」(2009年4月号)によれば。グロービートジャパン社(今回の裁判の原告)は民事と刑事の裁判を起こしており、一審では当該会社の会長の黒須英治氏は右翼でカルトともいわれる「日本平和神軍」総督であるという。当該の会社の設立当初から51%の株を所有して02〜05年で計1億5千万以上の報酬を受け取っていたという。こうした事実から関係性を認定して無罪となっていた(2008年2月)。

 ところが東京高裁は個人のネット上の表現でも、一般の報道機関と同様の扱いとする基準をもちだした。
 弁護人の山口貴士弁護士は

  「有罪の二審の判決ですら一審と同様に同氏の表現に公共性と公益目的を
設定しており、私怨、利害関係、愉快犯的な意図にもとずくものではないことが
認定されている。いわゆるネット中傷事件とは別物です」

 として新聞報道にあるような「ネット中傷事件」とは違うと語っている。

 ほんらいは新聞やマスコミが報道しなければならないような問題について、市民がいち早くネットで伝えていた、実はそういう問題であり事実であった。
 
 今のマスコミに社会の細かいトラブルや異変について察知したり、警鐘を鳴らす、そのような能力・発想がない以上は市民が発信するしかないのだが、事態をそのように捉えることやマスコミの機能不全の問題に気づいていないようだ。それでは自滅・崩壊の道にまい進し、市民からあきらめられる存在となるだけである。

不当な最高裁判決に驚き!と困惑!! ―弁護士紀藤正樹のLINC TOP NEWS−BLOG版
http://kito.cocolog-nifty.com/topnews/2010/03/asahicom—–72.html

宗教団体、霊感商法などの被害リンク集まとめ@Wiki
http://www11.atwiki.jp/anti-religion/pages/30.html
 


2010年3月18日(木曜日)

東京都の青少年健全育成条例の改正問題について

カテゴリー: - lef @ 15時50分58秒

3月16日の朝日新聞朝刊に漫画家団体に参加する漫画家や評論家たちが15日に都庁を訪れて、東京都が議会で改正を検討している「青少年健全育成条例」について、「表現の自由が侵される」「文化の危機」であるとして批判し、改正しないよう要請するとともに、記者会見をおこなった、という記事が掲載された。

アニメ・漫画・ゲームの児童ポルノ規制 都が条例改正案
http://www.asahi.com/national/update/0315/TKY201003150446.html

朝日の一面なので注目度も高いし、かなり問題が伝わったのではないだろうか。

ネットでは早速調査がおこなわれて、ニコニコ動画のアンケートでは7割以上が、改正案を知っているという。

都の青少年健全育成条例の改正案、「知っている」75.3%–ニコ動で調査
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20410576,00.htm

知っている人では約8割が反対だという。回答が8万件以上というから、けっこうな数ではないだろうか。

改正案に賛成は人々の理由としては、「性的表現が不快」(43.3%)が最大だが、不快であるとの理由で規制されるべき、とされるのは短絡的だろう。表現に対する感想や解釈は一律ではないし、また媒体じたい誰でも見る放送のような不特定多数に流通しているわけではない。その意味で不快となる表現は隠されているのである。それでも許せない禁止すべきというのは、基本的人権としての「表現の自由」の制限であり、思想や意見伝達の否定につながっている。

そして「『青少年の健全な育成』のためになる」(41.0%)についても、「健全」の概念が検討されなければならないのは当然だろう。また健全な育成とメディアの与える影響についても、具体的な材料や理由が不明瞭なのにも関わらず、漫然と「性的表現」が不健全であり、悪影響を与えることになると感じているようだが、果たしてそうだろうか?

「性犯罪の抑制につながる」(37.7%)だが、ここで、いつも問題なのは実際の児童への性犯罪とポルノやメディアのとの相関関係である。実際科学的なデータなり、資料があるかというと、それは確認されていない。ただ印象だけだったりする情緒的なものである。

「自分の子どもや家族に対象の性的表現を見て欲しくない」(37.3%)とあるが、これについては最初からそのようなものを嫌悪している人は見る可能性がない、ということである。そのような性的表現のあるものについては、当然ながら(それでなければ意味がないから)事前にそれなりの情報が表示、表現・表記されていたりするから、ハナから見ることはないし、触れることのない。ただそそのように思っていても、子どもや家族というものは独立した存在であるし、それら個別の人格は、そのような願望とは無関係な行動をとる場合があるし、また限界があるということを理解すべきだろう。

もっともラブシーンや性的な表現一般を締め出したい、眼に触れないようにしたい、ということであれば、中東あたりの地域に国家に移住するとか、山奥で世間屋社会と接触せずに暮す以外にないと思うが。

以上。「表現」「健全」や「社会的影響」について一方的な決めつけや判断を伴っての規制は非常に問題だということ。それにしても、なぜこうなったについて説明というのが分からないし、根拠も薄弱だなと思っていたら、このような規制したがる勢力というか運動があるのですね。

だいたい警察なんかつながりがあったりするようだが、以下雑誌「創」のHPにそのような背景を取材した記事が掲載されていた。なるほど、と思う。

児童ポルノ法改定と青少年条例改定は昨年来どう連動してきたか
http://www.tsukuru.co.jp/tsukuru_blog/2010/03/post-111.html


2010年2月20日(土曜日)

女の顔

カテゴリー: - lef @ 17時00分10秒
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アスキーアート
任意の画像をアスキーアートに変換してくれるサイトがあるのでやってみた。
女性の画像を転送してダウンロード。いろいろ試してみると面白い。URLを指定してもいいようだ。
http://picascii.com/

紹介しているサイトもあり、いろいろな情報が満載だ。
http://www.100shiki.com/archives/2009/03/picascii.html


2010年2月13日(土曜日)

ジャン・ボードリヤールと西武文化

80年代というと高度消費社会の成立が確認できた時代だろう。55年体制から70年代あたりが高度経済成長という社会だったが、80年代になるとモノが増え、さらに不要なものの消費を喚起することになる。そのため差異の強調がなされるようになる。渡辺和博というマンガ家が『金魂巻』(1984年)という本で広告関連業界の人々を高収入の○金(マルキン)と貧乏な○ビ(マルビ)という階層に分けて考察した本も流行ったが、基本的に格差社会の問題というよりも○金の憧れと(皮肉も)○ビの嘲笑(共感も)にあったのではないか。

田中康夫の『なんとなくクリスタル』(1980年)がやはり80年代の象徴なのかもしれない。生活の中で消費する快楽や衒示的行為としての経済活動がおおきな位置を占めるようになったからだ。当時のオシャレな風俗や場所やアイテムを情報として記述していったこの小説は、バブル時代の消費行動を示すかっこうのサンプルだったろう。

当時はまだ未来に希望をあったし、ブランド物で着飾ったり、流行を追いかける消費スタイルが成立するが、いっぽう「おたく」という趣味に生きる世界というか人生もでてくるようになった(中森明夫が1983年に雑誌で紹介)。これはバブル景気として余暇時間と可分所得の増大があり、その意味で格差をさほど意識せず自嘲気味に語られていた「○金と○ビ」という揶揄も、貧困がさほど目に見えず、ジャパンアズナンバーワンという経済大国の反映(余裕?)があったればこそ語られたのだろう。

ところで高度消費社会になって情報の差異が重要な問題になったり、モノの記号化が生まれたしたかのように見えるが、18世紀にフェティシュ化したエチケットを反復しているともいえる。
「近代・現代の上流階級はこうしたフェティシュ化の利点を発見し、それをブルジョア社会における新しい差異戦略の武器として十二分に活用してきたといってよい」(『官能論』北山晴一 講談社 1994年)
人間の精神が常にそのような疎外的状態なのかどうかは分からないが、上記の本のなかで著者がいうように「われわれはいったい他者の視線から自由になれることなどありうるのか」ということである。もちろん自由になることもあるだろうが、それは他者との交歓を断つことにもなり、つまらないものになりかねない。難しい問題だ。

ともかく80年代は物質的豊かさとそれに留まらない知的備えも提供されて、そのような環境なかにあったのである。ニューアカブームはその典型だろう。思想といえばそれまでは、重苦しい感じがあり、自己の存在や生き方を問われるようなものであった。それがニューアカといわれる浅田彰や中沢新一たちの著作が「現代」と「思想」を流行りもののように扱われるようになったのである。もちろん単に彼らの語りが、たんに難解な思想家を紹介するのではなく、現代の事象や大衆文化とのつながって批評活動をしたからだろう。学術的論文よりもジャーナリスティックな文章でつづり、それまでの概念をひっくり返したりもしたのだ(栗本慎一郎が典型か)。

そのようななかで外国人の研究者もその一端を担ったのかどうか実は疑問だ。栗本慎一郎が紹介していたポランニーは「市場は悪魔の碾き臼」と資本主義に呪詛を浴びせかけているように見える思想家だし、フーコーの思想は「知識」や「真理」そのものを疑うものなので、マスコミや流行そのものを批判することにつながっているのだが、そこまで踏み込んで参照されることはなかった。

ここで当時創られたCMを想起した。

「ロシア・フォルマリズムについて話しませんか」

これは広告のコピーなのだが、これは何のCMか忘れた。しかし確かに広告(放送かどうかもハッキリしないが)であったことは間違いない。1930年代に広告がモノを売るという役割を離れて、それだけで独自に消費・鑑賞されるという見方がでてきた。それもあるが、それ以上にリアルな状況を反映させているものなのだ。このコピーはロシア記号論などの知的ブームというものがあったことを示している。しかし記号論とかその手の本がどれだけ売れたのかも分からないが、知的な装いをしなくてはならない、という観念があったことは事実である。今はそれはなくなっている。

制作者側でも広告表現は多少難解でも、そのようなもののほうが話題になる、と理解していた。当時の広告制作者の花形ぶりは今では信じられないものがあった。今は糸井重里くらいしか残っていないが(有名タレントとして)、知的で想像的だとして時代の花形職業としてコピーライターが人気がでていたのだ。

そんななか糸井と西武・堤の蜜月的関係も成立していた。代表的な西武百貨店のコピーに「おいしい生活」がある。生活を形容するのに食べ物の味の詞を使って表現したのだ。まさに一時代の寵児だった糸井と西武=セゾンだったが今年有楽町西武は閉店した。

有楽町西武(有楽町マリオン)がオープンしたのが84年なので、セゾン(西武)文化真っ盛りの時である。

地元からは田舎企業と低く見られたスタートであったが、堤氏にはオープン前から「モノ(物品)からコト(情報)へ」というイメージがあった。有楽町西武は 8階にグループ企業が出店する「セゾンスクエア」を設け、各種ローンや証券、別荘やチケット販売など、店頭での物品販売に止まらないコト(情報)を売った。

(「現代ビジネス」2010年2月14日)
http://gendai.ismedia.jp/articles/print/217

確かに西武という百貨店はモノを売るというよりも、情報を発信する、しているイメージが強かった。

当時の堤清二社長の講演で「曲がったキュウリではなく、まっすぐなキュウリを売り、これが価値であり、これを販売する」というようなことを言っていた。ちょっと正確な文言を知りたいと思い、探したが見当たらなかった。ただ、ニュアンス的には、従来の使用価値ではなく、実態から離れたそのような価値を創出すること、消費は商品というモノから離れて情報にあるのだということを伝えているのだろう。

だからこそ「西武美術館」や「西武劇場(のちPARCO劇場)」「スタジオ200」「WAVE」「アール・ヴィヴァン」などの先端文化を中心とした採算度外視の事業を展開していったのだった。

残念ながらバブル崩壊後の社会はそのような文化を支える経済基盤が喪失している。先進資本主義国における資本過剰蓄積傾向の困難が続いてきた。それは利潤率低下・ポストフォーディズム社会の限界としてあらわれ、それを解決する手立てが見つけられない臨界点を越えたのが、バブル崩壊後の日本の状況なのだろう。消費欲求行動を文化のいとなみと連関して情報にリンクさせて利潤や利益をだす方法が成立しない。あるいは成立しても部分的なものに留まり、すべてを潤すような仕組みは困難だ。

浅田彰が「セゾン文化を継ぐ者は誰か」で言っていることは同意できるが、消費欲求に対応した文化のあり方に思えてならない。あるいは過剰資本に対応した情報の放流なのかもしれない。

「批評空間」
http://www.kojinkaratani.com/criticalspace/old/special/asada/voice9903.html
 

それまで、デパートの文化事業といえば、売り場の片隅で「泰西名画展」のたぐいを開くのが精々だった。ところが、西武/セゾン美術館は、内外の現代美術を積極的に紹介していったのである。世界の流れから取り残された公共の美術館を尻目に、それは一時期には同時代の世界に開かれた日本最大の窓として機能したのだった。同じことは、劇場・映画館・ホール・出版社・書店・レコード/CD店などを通じて多角的に展開された西武/セゾン文化全体に当てはまるだろう。そこでは、世界中で話題になっている舞台や映画や音楽に触れ、世界のどこよりも簡単に前衛的な美術書やレコード/CDを手に入れることができた。私はちょうど1975年に大学に入ったのだが、私や私以後の世代が西武/セゾン文化にきわめて多くを負っていることは、率直に認めておかなければならない。

西武/セゾン文化は資本蓄積途上での資本の投機先として、そのような文化事業を展開していたのではないかと後知恵ながらも見ることもできる。

とすると「西武/セゾン文化」というものは、ダニエル・ベルが『資本主義の文化的矛盾』(講談社 1976年)のなかでいうような文化の矛盾に突き当たっていたのではないか、疑念がある。

いちばんいいのは先進的な芸術文化が擁護されて、商品が売れて経済が廻ることだろう。しかし経済の仕組みは別な動機であり、消費されることによって優先順位・尺度が決まってくる。

文化は従属的であり、伝統的な芸術は伝統や権威によって守られているが、先進的な文化・芸術はいまの社会の価値に引きずられざるを得ない。

安易な批判が集中するいま、私はあえて西武/セゾン文化が果たしてきた役割を積極的に評価しておきたい。そして、西武/セゾン文化を継ぐ者は誰かと問いたいのである。

その意味で浅田彰が上記のように語るのも理解できないわけではないが、やはり限界を越えたというか、段階を終えたというか。60〜70年代でアングラ文化が終焉したように、時代環境として消費と文化の蜜月も終わったのであり、新たな段階へと突き進む以外にないのである。


2009年12月28日(月曜日)

80年代のサブカルチュアと風俗

たまたま80年代にまつわる本をいくつか読んだ。

『東京大学「80年代地下文化論」講義』宮沢章夫(白夜書房 2006年)
『ニッポンの思想』佐々木敦(講談社現代新書 2009年)
『ポケットには80年代がいっぱい』香山リカ(バジリコ 2008年)
『バブル文化論』原宏之(慶應義塾大学出版会 2006年)

宮沢章夫の本は最初に『東京大学「ノイズ文化論」講義』(白夜書房 2007年)を読み、この本の前身に80年代の文化を講義した本があることを知り、続けて読んだ。ちなみに「ノイズ文化論」となっているが、かならずしもノイズ文化に焦点があたっているわけでもなく、ノイズの概念をつっこんで検討しているわけでもない。さまざまな文化表現領域のノイズというものを渉猟したら面白くなったかもしれないが、その点不十分だと感じた。

で、「80年代の地下文化論」だが、東京大学での講義をまとめたもので、学生たちとのやりとり、質問なども掲載されており、資料や準備不足がありありで、自分の発言についても逡巡するようなところも収録されていて、脱力させられるが、そのあたりがおもしろい。

彼の80年代の体験的な文化状況を当時の社会状況や風俗をからめながら話していく。考えてみれば、今の学生たちは80年代のことをおぼろげながら記憶しているか、あるいは知識として知っていても、実態は知らないのだから、そのときを知っている人間と比較するとギャップがあるだろう。

それで宮沢自身が体験してきた「80年代地下文化」というものは、彼がピテカンという原宿にあったカフェというか、場所にかかわって文化活動や文化人たちを近くで見聞きしたこちからきている。それがたまたま地下にあったからで、60〜70年のアングラを連想をさせるが、そうではない(そちらのほうが有名だがね)。ピテカンは日本最初のクラブなんだそうな。当時はそれが先端なのかな? DJがお皿を廻したりのクラブブームはもうちょっと後だと思うが、早すぎたということか。

80年代を体験している私といえばピテカンの名前は知っていて、いわゆるオサレーな業界人がいく店くらいの認識しかなかった。個人的な音楽の趣味としてはアバンギャルド・ジャズを聴いていたので好みが合わなかった(ちょうどワールド・ミュージックが紹介され始めたときで、一時それに熱中していたときもあるが‥)。それだけの話である。

行った記憶がある店としてはクラブ・クアトロとかインクスティックくらいだろうな。確かバブルと倉庫がいったいとなっていた。ウォーターフロントというのもバブルのあだ花である。MZA有明とかもその象徴なんじゃないかな。なんでわざわざ湾岸という交通不便なとこに行かなきゃならんのか? とか思っていた。でもけっこう外タレの公演をしていて何度か通ったことはある。

当時はまず広告産業が脚光が浴びて、コピーライターが人気ものとなり、川崎徹というCMディレクターもテレビタレントとして人気がでた。

前史としてのニューアカブームがあり、知的な雰囲気の雑誌もいくつか出ていた。そのなかでの消費社会の隆盛と対応していった広告・意識産業の発展である。吉本隆明も時代としての消費資本主義に拝祈していった時期であり、ボードリヤールなど消費社会の著作なども注目をあつめた。

そこで思うのは香山リカの80年代の回想なのだが、80年代にハマトラブームやブランドファッションの女性たち遭遇して、自分が時代とずれている、年をとったと感じた、という記述がある。しかし、それは同時並行的におきていたもので、彼女の工作舎やその周辺のアングラ・ピンク・カルチュア雑誌などで仕事や原稿書いてたり、バンドもどきの活動をしたりするのも時代なのである。

マガジンハウスの雑誌「ポパイ」が当初のアメリカの憧憬をつたえるものから、後発の「ホット・ドッグ・プレス」(講談社)のような流行トレンド雑誌に影響されて、かたちを変えていったように、文化としてのアメリカを受容しつつ、今を生きるライフスタイルとしての雑誌の重要性がわかったからだろう。

広告文化に話をもどすと、デザイン・イラスト表現で「ヘタウマ」が流行った時代でもある。確か日比野克彦が登場したのもこのころではなかったか。当時ある雑誌でデザイナーの亀倉雄策が、なんかの公募作品の傾向を感想としてもらしていて、「最近の作品は、みんな汚い」とヘタウマや日比野たちのダンボールなどを素材にしたアートの影響を批判していた。

*こんな感じでダラダラ書いていたら長くなったので、この辺で項をあらためます。


2009年11月25日(水曜日)

「東京南部の青春 ――いま甦る1950年代サークル運動の世界」

東京南部の青春 ――いま甦る1950年代サークル運動の世界

東京の大田区は都内のなかでも町工場が多いところとして有名だ。だが、そこでサー クル運動が盛んだった、ということはあまり知られていない。1950年代の東京南部( 大田・品川・港区)では文化サークル運動が盛んで、町工場ではたらく若者たちが詩 を書き、皆とうたをうたい、芝居を自主制作していた、という。当時、南部には200 を超えるサークルがあったというが、そこから「原爆を許すまじ」などのうたが生ま れていった。このたび大田区を中心に活動した「下丸子文化集団」のサークル誌が不二出版から復刻出版されたことを記念して地元・大田区で催しがあった。

東京南部の青春 ――いま甦る1950年代サークル運動の世界」と題し11月23日(月)13時 半より大田区・嶺町集会室でひらかれた集会は、森美音子氏(劇団「野戦の月」)の 詩朗読、成田龍一氏(日本女子大学教授)が基調講演。その後当時活動された方々を メインにシンポジウムをおこなった。主催は東京南部 サークル研究会。

シンポでは浜賀知彦(文学史家、東京南部サークル誌を研究)、白石嘉治(大学非常 勤講師、文学研究・現代思想)、丸山照雄(僧侶、元下丸子文化集団)、浅田石二( 詩人、元下丸子文化集団、『原爆を許すまじ』作詞者)、望月新三郎(作家、元下丸 子文化集団、「民話の語り 九条の会」代表)、山室達夫(元南部文学集団)の各氏 が発言した。

成田氏は、「地域、今日の問題、資料の意味がどのように今後継承されるか考えてみ たい」と提起し、「東京南部の町工場という職住接近のなかで、地域の一体感があり、 政治や生活や労働についていかに生きるべきか? と詩や文章に表現していった。そ れが当時の若者たちの文化的いとなみとして地域で花開いたことが重要だ。今これが 注目された意味を考えたい。70年代にも市民運動・住民運動を通してサークル運動に 陽が当たり、さらに冷戦崩壊後の左右の対立が無効になった時代に参照する意味があ る。また歴史学の資料のうえからも社会を変えていこうという、民衆と階級の関係を もう一度とらえる手がかりとして、戦後史の描き方を変えることになるだろう」と語っ た。

シンポでは浜賀氏が運動資料が残らないと何もなかったことになる、として資料保存との大切さを語り、さらに資料収集にまつわるエピソードなどを報告し、白石氏はパンとバラをもとめたのはフランス革命で、かつての学生運動はバラを求める運動で、労働運動はパンをもとめるのみの運動になってしまったが、文化サークルの運動はパンとバラを求めるものだった、と発言した。

飛び入りで画家の桂川寛氏が参加し、安部公房や勅使河原宏の「世紀の会」たちと大衆のなかで活 動しようと下丸子に飛び込んだ話や共産党の指導とは別個に独立してやっていたことなどを証言し、当時のガリ版雑誌の表紙を飾った版画の版木を会場で掲示しながら話した。

丸山氏は当時の仲間は地方出身者が多く田舎があったのが共通基盤かもしれない、共通の基盤があって相互に理解できた。そして文化運動の雑誌は共鳴版となって、ともに語り合うことができた。文化の共鳴版というものは今は失われている、と語り、浅田氏は、みな貧しく境遇はいっしょだった。当時はなにも情報がないので、サークルの仲間たちと思想をつくっていくしかなかった、と話した。

望月氏は戦後占領下に松川事件、下山、三鷹などの事件が起きた。当時は手紙を検閲 され弾圧された。またそういう時代がこないとも限らない、と反戦運動について話し、 山村氏は当時のサークル内で文学と政治のせめぎあい、文学と政治の統一的表現につ いての議論を紹介した。

質疑では丸山氏が丸山真男の市民主義の概念が、混乱のもとであり運動をつくることに阻害になった、と語り、市民主義克服を訴えた。

丸山真男については、いわゆる戦後民主主義を代表する知識人で、いわゆる近代主義の人である。思想としては自由主義なのだろう。その発想から市民社会の民主主義の政治はみえてくるが階級については揚棄されない。つまり階級の問題というのは自由主義では解決のつかない問題であり、せいぜい所得の再分配政策を考慮するという社会民主主義的なことでの解決という結論になるざるをえない。その問題を提起したと思うのだが、残念ながら、この議論についてはそれ以上発展することはなかった。

東京南部サークル誌
会場の一角には当時のガリ版刷りの印刷物や冊子が展示されていた。

シンポで発言された方たちは、今でも文学同人誌や九条の会などの活動をしていて意 気軒昂であり、「食うもんが無くて大変だった筈だが、楽しかった思い出しかない」 と当時を回想してにこやかに話される姿は感動的であった。読み手と書き手が近く、 相互に共鳴しつつ創出されるのが、労働者の文化であり運動なのだろう。当時のガリ 版印刷の独特の手書き文字を見ていると彼らの熱い想いが伝わってくる。
当時のサークル運動に関わっていた方もそれぞれ発言し、珍しくもアメリ カの若い研究者が複数参加されていたが、感動したと言葉すくなに(日本語で)話した。また韓国からの方も発言し、全体で80名が参加した。

サークル運動については地域の小集団というか、たまり場のような居場所をつくる一 時期の大衆運動という程度の認識で、三浦つとむ氏の『大衆組織の理論』でのサーク ル運動の組織論や大田区在住の旋盤工で作家の小関智弘氏の著作で触れられているこ とぐらいしか知らなかった。今回のシンポジウムに参加して、そこには濃密で豊かな 人間の交流や知性のきらめきががあったことがリアルに実感できた。

※この文章はレイバーネットへの投稿に加筆したものです。

以下参考として
http://mainichi.jp/enta/art/news/20091130dde018040042000c.html

刊行:1950年代の労働者サークル誌を復刻し『集成』 東京南部対象に

 1950年代を通して展開した、東京都南部の労働者サークル誌を復刻した『東京南部サークル雑誌集成』(全3巻+付録+別冊、セット7万1400円、不二出版)が刊行された。

 当時のサークル運動は、労働運動と共に発展し、文芸や演劇、版画といった各分野で開花した。谷川雁らによる雑誌『サークル村』が有名だ。不二出版は、『サークル村』の復刻もしている。

 『サークル村』以外で有名な動きの一つが、今回機関誌を復刻した東京の大田、品川、港各区でのサークル活動で、作家の安部公房らもかかわったという。当時、この地域には200ものサークルがあり、ここで生まれた歌「民族独立行動隊の歌」「原爆許すまじ」は、うたごえ運動などを通して全国的に歌われた。東京南部のサークルで中心的存在だった「下丸子文化集団」などを、雑誌『現代思想』が、07年に臨時増刊の特集「戦後民衆精神史」で大きく取り上げたこともあり、当時の活動について、再評価の機運が高まっている。

 今回の復刊は、基本的にセット販売のみだが、解説や当事者の回想を収録した別冊のみ、1050円で販売する。【鈴木英生】

毎日新聞 2009年11月30日 東京夕刊


2009年10月9日(金曜日)

文化財略奪のポストコロニアル状況

カテゴリー: - lef @ 18時23分45秒

 今年3月にパリのオークションで競売にかけられたネズミ(子)とウサギ(兎)の銅像二体が3100万ユーロ(約39億円)で競り落とされた。
 
 ところが落札者の口から「落札した金額を払うことはできない」と爆弾発言がとびだした。その落札者とはツアイミンチャオ(蔡銘超)氏。

円明園の流失文化財オークション、中止求めパリで緊急審理

 2体の像は1860年、第2次アヘン戦争に伴う英仏連合軍の北京侵攻で清朝の離宮、円明園から略奪された。中国外務省は「競売は中国人の感情を傷つける」と批判し、中国の弁護士や団体は、差し止めの訴えをパリ地裁に提起。地裁は23日、合法的な競売であるとしたクリスティーズの主張を認めた。

2009/02/26 12:06 【共同通信】 
http://www.47news.jp/CN/200902/CN2009022601000184.html

 この像は戦争によって略奪されたものがまわりまわってフランスの著名なファッションデザイナーの故イヴ・サンローラン氏の合法的な「所有物」となり、彼の代理人が競売にかけた、ということらしい。

 報道では中国政府が提訴していて合法であるとの判決がでていたものに、落札したツアイ氏が再度問題提起をしたかっこうだ。

 この「支払い拒否宣言」に代理人のピエール;ベルジュ氏は「チベットに自由を与えれば返却する…」というような発言をしたらしい。
 また「これからは手元に置く」し「二度とオークションに出品しない」と声明を発表した。

 ところが、最近台湾の故宮博物院に寄贈を持ちかけたというニュースがとびこんできた。

【10月8日 AFP】フランス人デザイナー、故イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)氏と長年のパートナーだったピエール・ベルジェ(Pierre Berge)氏が所有する中国清朝時代の美術品について、ベルジェ氏が寄贈を持ちかけた台湾の国立故宮博物院(National Palace Museum)は7日、同氏の申し入れを断った。
(略)
 寄贈を申し出たベルジェ氏側も同博物院に断られたことを明かし、博物院側が中国政府の怒りをかうことを恐れたためと説明した。©AFP


台湾の博物館、故サンローラン氏所有の中国美術寄贈断る * 2009年10月08日
http://www.afpbb.com/article/life-culture/culture-arts/2650858/4729443

 しかし39億の値段がついた銅像を寄贈するというのはどういう風の吹き回しだろうか? そもそも合法性を主張するのであれば、誰かに転売するというのは自由だ。だが、係争中というかいちゃもんをつけられている銅像が高い値で売れる可能性は薄い。その銅像の所有者が変わったところで同じ要求が突きつけられるからだ。いわば、ベルジェ氏側はやっかい払いをしたかった、というのが本音だろう。よほどの美術マニアであれば別だが、結局は遺産としての美術品を金に変換したいというのが現実だ。それが39億が今後とも売れないとなると、持っていてもしかたがない、ここは別な中国=中華民国政府に押し付けて、一部の中国人の歓心を得ようという判断なのだろう。

 この問題もやっかいであり、一種の政治判断であり、フランス政府に対する中国の不信を植えつける作用しか果たさない。

 略奪された美術品を所有した経緯が仮に合法的なものであっても、道義的問題は起こる。フランス政府がベルジュ氏から銅像を寄贈してもらい。その銅像をフランス政府が中国政府に返還するのが無難な解決だとは思うが、どうだろうか。

 あるいはフランスが中国の博物館に貸与するかたちで移管する。これもフランスと中国の双方に顔がたつ方法だと思う。所有はフランスで保管は中国というのもヘンなねじれではあるが、そのような歴史があるということを認識するしかないだろう。

 この問題は戦争の略奪にまつわるもので、フランス政府は大きな顔はできないはずである。いわば帝国主義的侵略の歴史が見えてくる。これは西欧列強の負の側面だ。

 以下、具体的な事例を挙げてみたい。

 ・「エルギン・マーブル」
 紀元前5世紀のギリシャ神殿の彫刻部分で大英博物館所蔵だがギリシャが返還を求めている。
 ・「ぺニン王国青銅」
 19世紀末にイギリス軍がベニン(ナイジェリア)を占領し文化財を略奪し大英博物館所蔵だがナイジェリアが返還を要求していた。
 ・「マオリ戦士の首」
 フランスの博物館がマオリ戦士のミイラを所蔵していたがニュージーランドへの返還についてフランス国内で争っている。
 ・「ロゼッタ・ストーン」
 1799年にエジプトに遠征したフランス軍が取得し、その後イギリス軍に敗北してイギリスの所有となり大英博物館に所蔵されているが、エジプトが返還要求している。

 日本に関わるものとしては「朝鮮王室儀軌(ちょうせんおうしつぎき)」がある。これは李氏朝鮮時代の国家行事を文章や絵画であらわしたもので、フランスが略奪し、朝鮮の日本統治時代に流出して日本にも保管されていた、その後は日本政府と韓国政府の間でこの文化財のあり方について対立がある。

 これらの文化財・美術品の返還問題もそうなのだが、博物館などでの展示において植民地や第三世界の貴重なもの、奇妙なものを所蔵して覇権の成果を示したい、あるいは異国の変わったものを示す、という帝国のオリエンタリズムとしてもとらえることができる。

 これらは帝国主義諸国が世界のあちこちから収奪していった痕跡ともいえるものであり、いくつかの文物が顕在化しているのは、ポストコロニアルの状況であり、いまだ清算しえていない帝国主義の爪あとが、文化の領域になお残っているということだろう。
 


2009年10月5日(月曜日)

オリンピックは必要か?

カテゴリー: - lef @ 13時50分58秒

 今日(10月3日)の朝のラジオで、2016年の五輪大会の東京が落選したことをスポーツジャーナリストが報じている。理由をあれこれ述べているが、さほど残念がっていない。私は深夜にテレビのテロップを見て寝ているので、とくになにも感じなかったが、その直前に各放送局でIOCの開票をスタンバイしていたのが気持ちわるく思えた。
 
 ラジオでは、あまり東京が盛り上がっていない、一体感に欠けている、等の話がでていたが、一度開催している都市で、再度五輪をやろうと思っても、「もう、いいよ…」というのが、庶民の本音ではないか。権力者やいくつかの業界人は、これでいくつか稼いでやろう、という思惑があったろうが、おおかたは「スポーツの祭典」とか「参加することに意義がある」という欺瞞的フレーズをそのまま受け取らないのではないか。結局は銭儲けとナショナリズムの高揚で終わってしまうのが現実だろう。
 
 そもそもIOC総会で東京が選出される可能性はかなり低い、開催地が北京からロンドンで再度アジアの都市を選択することが困難なことは素人でもわかる。石原都知事のオノレの名誉欲と利権が発生する業界団体しか盛り上がらないのは当然か、そのあたりは五十嵐仁のブログで明快に書かれている。
http://igajin.blog.so-net.ne.jp/archive/20091004 

 朝日新聞で建築家の安藤忠雄がオリンピックへの期待を語っていたが、その理由がなんとも漠然としている。若者たちに希望を与えてあげたい、とか、あまりにもお粗末である。オリンピックのようなイベントで希望が見えたり、元気がでるような時代じゃないってことがわかっていない。これも土建屋的思考から抜けきれてないようだ。

 日本全体が社会の閉塞感を感じている、その認識は共有しているようだが、その由来と打開の道がみえていないようだ。日本は集団主義的な社会を形成していて個人が自由に発言・表現するような姿勢が、まだまだできていない。そのことと小泉改革による「自己責任論=新自由主義」の社会風潮が蔓延して、安心して社会の一員として生活できる基盤がなく、他人と競争させられるというストレス強度の社会となってきている。

 そのことを第一義的に変えなければ、おおきなイベントをやっても非正規労働者は不安だろうし、スポーツも一時の気晴らしでしかない。それが結果として、選挙での自民党の敗北、民主党の勝利として端的に表れたのだ。
 
 オリンピックについていえば、昔大島渚が「朝まで生テレビ」で「オリンピックなどをありがたがったり、盛り上がるのは遅れた国なんだ。日本はもうそういう段階じゃない」というようなことを発言していて、共感したことを憶えている。
 
 オリンピックは結局はナショナリズム強化の道具となっている。これについてはどこの国家も反対しない論理なのである。過去ナチスがベルリンオリンピックを国威発揚の場として徹底して活用したが、その反省や改善はいささかもみられない。その意味で国家同士が支えあう構造の場なのだ。表向きは都市が立候補しているが実態は国なのである。いいかげん人間の英知はそのようなばかげたイベントを捨てて純粋にスポーツを堪能しようではないか。

 


2009年9月23日(水曜日)

表現主義舞踊の映画

カテゴリー: - lef @ 19時31分06秒

渋谷・イメージフォーラムでダンスにまつわるフィルムの上映があった。「ダンストリエンナーレ トーキョー 2009」というのが9月に渋谷一帯で開催されていて、その一環らしい。
http://www.shibuyabunka.com/special/20090916/

DANCE FILM VARIATION <ダンス映像作品特集上映>
http://www.aoyama.org/japanese/topics/sozai/2009/triennale/event.html#03
いろいろ面白そうなラインナップなのだが、興味のあるモダン以前のダンスをうかがい知ることのできるプログラムを選んで見に行った。
「ドイツ表現主義舞踊とダンスリーブル」である。

 ドイツ表現主義の舞踊については、ピナ・バウシュがその系列だということで演劇的要素のある舞踊だということくらいしか知識はないが、ドイツ表現主義という芸術の流れと運動はおおきなものだった。影響を受けた日本の展開としては舞踊家・石井漠が音楽と舞踊を融合させた「舞踊詩」を創作したり、20年代に「表現派舞踊」を発表、また、築地小劇場では表現主義演劇「海戦」が旗揚げ公演となり、観衆に衝撃を与えたりした。ドイツ表現主義映画などの影響は衣笠貞之介監督「狂った一頁」など前衛的の映画も生まれ、精神病院での舞踊のシーンなどは表現主義舞踊の典型としてみることもできるかもしれない。

ダンスリーブルというのは、原初的なダンスということなのか? たんなるラジオ体操にようにしか見えないものもあるし、ある種の歴史的な資料としての映像としてみることもできる。
海のヒトデを記録したフィルムもあり、動きそのものをダンスとして見立てる試みなのだろう。

伝説的なイザドラ・ダンカンの映像もあった。スポーツの文脈のようでもあるし、西洋の近代的な身体表現すべてがフィルムとして記録されたのかも。

「ドイツ表現主義舞踊」(編集/シネマテーク・ドゥ・ラ・ダンス、2000年)
『魔女の踊り Danse de la sorciere』(マリー・ヴィグマン、1929年)
『セレナータ Serenata』(グレート・パルッカ、1937年)
『墓標 Totenmal』(マリー・ヴィグマン、1929年)
『永遠の輪 Eternal Circle』(ハラルド・クロイツベルグ、1952年)
『パントマイムのダンス Tanzerische Pantominen』(ヴァレスカ・ゲルト、1925年)
『不安 Angoisse』(ドーレ・ホイヤー、1963年)
『L’Amour』(ドーレ・ホイヤー、1963年)
『ダンス・スタディー Tanzstudie』(ドーレ・ホイヤー)

「ダンス・リーブル」(編集/シネマテーク・ドゥ・ラ・ダンス、エリザベス・シュワルツ、2000年)
『クロノフォトグラフィー Chronophotographies』(エチエンヌ=ジュール・マレー、1890年)
『カップ・ダンティーブのマーガレット・モリス Margaret Morris au Cap d’Antibes』(1936年)
『音楽的瞬間 Moment musical』(監督/ジョージ・R・バスビー、振付/ロイ・フラー、1934年)
『子供たちの練習 Exercices d’enfants』(マーガレット・モリス、1936年)
『ボール遊び Ballspiel』(イサドラ・ダンカン、1971年)
『海の踊り子たち Les Danseuses de la mer』(監督/ジャン・パンルヴェ、1960年)
『ロシアのアーカイブ Archives russes』(出演/エレン・ラバネック学校、アンサンブル・ダンカン、スポーツ協会「Sokol」、1913-1935年)
『イサドラ・ダンカンのダンス Isadora Duncan dansant』
『力と美への道:近代体育についての映画 Le Chemin vers la force et la beaute』(監督/ヴィルヘルム・プラーガー、出演/レニ・リーフェンシュタール、ジャック・デンプシー、ジョニー・ヴァイスミュラー、1925年)
『運動とダンス Exercices et danses』(監督/マッジ・アトキンソン、再構成/アニタ・ヘイワース、フロッソ・フィスター)
『バッハの大パッサカリア La Grande passacaille de Bach』(ジャニーヌ・ソラーヌ、1948年)
『イレーヌ・ポパールの学校 L’Ecole d’Irene Popard』(1936年)
『ウォーター・スタディー Water Study』(イサドラ・ダンカン)
『ロサリア・フラーデックのダンス Danses de Rosalia Chladek』(1925-1953年)
『さよならそしてありがとう Abschied und Dank/Au revoir et merci』(マリー・ヴィグマン、1942年)
『タンゴ Tango』(リサ・ダンカン、ジョルジュ・ポミエ、1932年)
『セレナータ Serenata,』(グレット・パルッカ、1937年)
『青い夜 Soir Bleu』(ビルギット・オーケソン、1965年)


2009年8月19日(水曜日)

けっこう重要な海賊党の主張

カテゴリー: - lef @ 16時33分24秒

6月におこなわれた欧州議会選挙で「海賊党」(Pirate Party)という名の政党が特許システムの廃止、著作権法の改正、ファイル共有の無料化を訴えて、1議席を獲得した。

彼らの主張が「Cnet japan」に掲載されている。なかなかまともなことを言っている。紹介してみよう。
http://japan.cnet.com/interview/story/0,2000055954,20397501,00.htm?deqwas_inflow=relation&tag=deq:1

まず彼らは「文化の共有、知識の無料/自由化、適切なプライバシー」の3つを掲げている。
そして著作権の保護機関を短くすることを提案している。彼らは疑問を投げかける、死後70年も本を書き続ける人がいるだろうか、と。

また音楽家はcdからの収入が売上金額の5%だが、コンサートなどは50%だという実例をもとに、アーティストの音楽に対しての収益構造や方法の転換を提案している。たしかにネット社会になれば、おおきなレコード会社のシステムに依存しなくてもヒットを出すことは可能だろう。

さらに特許システムの廃止を主張しているが、これは「模倣する企業が現れるのは、市場には良いことです。これこそ競争です」という。

たしかに資本主義の思想原理である自由主義の立場に立てば、特許というのは独占的地位を永久的に与えるもので、フェアとはいえないし、競争を阻害する要因にもなっているだろう。

「特許弁護士は特許は必要と言うし、企業の幹部も自分たちの業界には特許が必要と言います。ですが、研究開発に関わっている人に聞くと、特許は障害だといいます」

事業をたちあげて収益を得る立場からすれば特許があったほうが、収入を永続的に得られるシステムなわけで、一度取得すれば特権的地位を得られるが、全体の利益、消費者の利益からすれば、研究成果はオープンにしたほうが、研究開発がさらに発展するのは当然である。

たしかに薬品なども、特許で独占的に占有されているがために、経済的な問題から貧しい地域への薬品への配給ができないという問題も指摘されている。

これ以外にもインターネット接続を市民の権利として認めさせるべきであると主張している。

欧州議会でわれわれがやろうとすることですが、欧州のインターネット活動家の意見を表明していきます。まずは、欧州テレコム規制の改正に向けた見直しです。見直しにより、著作権を主張する側の意見が盛り込まれようとしており、ファイル共有者のインターネット回線を切断できると解釈できる文章が検討されています。われわれは、裁判官の命令がない限り、市民のインターネット接続を切断できないことを確実にする文言を導入するよう推進します。

いろいろあるが、基本的に同意できるものばかりである。日本でも呼応して海賊党みたいなものがでてきたり、あるいは既成の政党に対して政策進言する必要があるかもしれない。

 


2009年8月5日(水曜日)

媒体のデジタル化でどこで収入をえるか

カテゴリー: - lef @ 12時31分20秒
http://journal.mycom.co.jp/column/media/033/index.html

2009年に入り米国では、コンテンツ提供者(新聞社、通信社)とコンテンツ集約、配給者(以後アグリゲイター=Google、Yahooなどをさす)との間で、料金設定、最終消費者に少額課金することの是非をめぐって厳しい折衝と議論が始まった。ニュース提供側が、そこまで追い詰められたということだ。最大の原因は、これまで二ケタ台で伸びてきたオンライン広告にも不況の影響が色濃く出始めたからだ。

米国では新聞社などが次々に経営危機に陥っているようだ。ネット利用の加速で紙媒体への広告減少や購読者の離脱があるだろう。

企業などもプレスリリースなどを自社のHPでネット配信し、だれもがネットでの情報発信を常識化していくと情報コンテンツの生成じたいが、分散化するためポータルサイトの役割が重要になるのは当然だという気がする。いっぽう情報を狩猟・配信するほうは労多くして益少なし、という情況にならざるを得ない。どんなに金をかけた(たとえば取材やインタビューに金をかけても)ものでも、膨大なネット内での情報の一コンテンツという価値しかないからだ。

もっとも、ネット内での情報の信頼性を担保するものが以前として旧来の新聞社や通信社であることも事実である。つまり情報提供をするための膨大な経費を払っている組織が必要なのである。

先日、山手線の車内で隣の人が朝日新聞をipod!で閲覧しているのを見た。隣からみてもけっこう文字が確認できるので意外に重宝するのかもしれない。まあ、かさばらなくていいのはあるが、課金でどのくらいなのか判断しなくてはならないだろうが…。

グーグルが絶版本などのコンテンツ利用を進めているのも、コンテンツ生産というリスクを回避してつつ高利的に収益をあげようという判断があるのだと思う。


2009年7月28日(火曜日)

台北の交通事情 自転車の利用

台北の地下鉄でいいと思ったのは料金が安いのはもちろん(最低20元くらい)だが、自転車が持ち込めることである。私が滞在中ではみたことがないが、アスリートファッションで決めたサイクリストたちを何度か見かけた。

線路の交通図などにも自転車マークがあり、ひとめでわかる。すべての駅で自転車の持ち込みが可能ではないようで、ひと駅ごとの設定みたいだ。


↑駅のエレベーターにも自転車のマークが表示されている

あと、駅の構内が広々として売り場などがないことである。さっぱりしているのだ。


2009年7月27日(月曜日)

台北の交通事情 

はじめて台湾にいったのは92年くらいだろうか。まだ観光でもビザが必要な時代で目黒の東京都庭園美術館そばにあった大使館にもらいにいった記憶がある。そのときは台北市内観光と花連とタロコ渓谷などに遊びにいった。台北では歩道がバイクの駐車場と化しており、やたら歩きにくかったのを憶えている。

その後いったときは、既に市内にMRTという地下鉄が運行していたが単線だったので、あまり利便性を感じなかった。

今回はホテルが台北駅から離れている民権西路という駅なのでMRTはけっこう利用した。台北はバスが充実しているが長距離バスはとくにいろんな会社が運営していて、値段もやすいしこれで事業が成り立つのか不思議だ。前回もけっこう乗っていったが、今回も新竹までバスを利用した。

長距離バスではDVDなども見れるし、お茶のペットボトルをくれたりする。


民権西路駅


地下鉄車内はさっぱりしている


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